私は「ゆめうら」という小さな占い部屋で夢占いの仕事をしています。場所は古いアパートの二階の一室で、エレベーターもないボロい建物です。部屋の中には占いに使う道具とか本とかが散らかっていて、あまり整理整頓が得意じゃないので、お客さんが来るたびに慌てて片付けたりしています。
その日は、珍しく朝から雨が降っていました。窓を叩く雨音を聞きながら、いつものように占いの準備をしていると、午前中なのに突然部屋が暗くなって、外の雨も急に強くなってきました。
ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえました。
「どうぞ」
入ってきたのは、30代くらいの男性でした。スーツは高そうなものを着ていましたが、顔色が悪くて、目の下にクマができていました。
「あの、夢の相談に来たんですが…」
「はい、どうぞ座ってください」
私が椅子を勧めると、男性―田中さんは、疲れたように深いため息をつきました。
「実は、一週間ほど前から、毎晩同じような夢を見続けているんです」
田中さんは話し始めました。声が少し震えているのが分かります。
「夢の中では、いつも真っ暗な廊下を歩いているんです。廊下の壁は灰色で、蛍光灯が時々チカチカしていて…後ろから誰かが付いてくる足音が聞こえるんです」
田中さんは一度言葉を切り、汗を拭いました。外では雨がますます強くなっています。
「その…足音が近づいてくるのが分かるんです。でも、振り返ることができなくて。それで、だんだん足音が近づいてきて、背中にその人の吐息みたいなのを感じるんですが…」
「それで?」
「目が覚めるんです。毎回同じところで。でも、目が覚めた後も、なんとなくその気配が残っているような…」
私は田中さんの話を聞きながら、夢占いの本を開きました。でも、なんだか今日は本の文字が読みにくい。目を凝らすと、文字が少しずつ滲んで見えます。
「その…田中さん。最近、何か心配事とかありますか?」
田中さんは少し考えてから答えました。
「会社で大きなプロジェクトを任されて…それで、プレッシャーは感じていますが…」
その時です。突然、部屋の電気が消えました。
「あ、すみません。古い建物なので…」
懐中電灯を探そうとしたその時、廊下から足音が聞こえてきました。
コツ…コツ…コツ…
田中さんが凍りついたように動きを止めます。私も息を飲みました。
その足音は、確実に私たちの部屋に近づいてきています。
コツ…コツ…コツ…
「ここ…二階ですよね?」田中さんの声が震えています。
「はい…」
でも、はっきり覚えています。今日は朝から誰も上の階には行っていないはず。だって、この建物の三階は…
ガチャッ。
ドアノブが回る音。私たち二人とも、息を殺して見つめています。
ゆっくりとドアが開き…
「あら?停電?」
私の隣の部屋に住んでいる山田さんが、懐中電灯を持って顔を出しました。
「あ、山田さん…」
その瞬間、電気が戻りました。
田中さんは安堵したように深いため息をつきました。でも、その表情がまた強張ります。
「あの…今の足音…三階から聞こえてきませんでしたか?」
「え?」山田さんが首を傾げます。「この建物、三階は火事の後から使ってないはずですよ?」
田中さんの顔が真っ青になりました。私も背筋が凍るのを感じました。
その日の夜、私は田中さんの夢の意味が分かった気がしました。でも、それを伝えるのは明日にしよう…そう思いながら、私は部屋の明かりを全部つけたまま、眠りにつきました。
翌日、田中さんから電話がありました。
「夢を見なくなりました」
その後、田中さんは二度と「ゆめうら」に来ることはありませんでした。でも、雨の日の夜、私は時々三階から足音が聞こえる気がします。
きっと、気のせいでしょう。そう思うことにしています。