私は「ゆめうら」っていう占い屋をやってます。場所は古いアパートの二階で、エアコンの効きも悪いし、床がきしむし、正直あんまり良い環境じゃないんですけど、家賃が安いのでここでやってます。
その日も暑い日で、汗を拭いながら仕事してたら、午後2時ごろにお客さんが来ました。
「あの、夢の相談なんですけど…」
来たのは20代後半くらいの女性で、なんだかずっと寝不足みたいな感じでした。
「どうぞ座ってください。えーと…」
「佐藤です」
佐藤さんは座るなり、すぐに話し始めました。
「あの、最近すごく変な夢を見るんです。毎晩同じ夢で…」
佐藤さんは少し言葉を詰まらせて、それから続けました。
「夢の中では、すごく大きなベッドにいるんです。部屋全体が真っ白で、天井も床も壁も全部ツルツルしてて…最初は普通に寝てるんですけど、突然枕が滑り始めるんです」
私は首を傾げながら聞いていました。枕が滑る?
「それで、枕を押さえようとするんですけど、手も滑っちゃって。それで、今度はシーツも滑り始めて…どんどん体が滑っていって…」
佐藤さんの額に汗が浮かんでいます。私も何だか変な感じになってきました。
「それで、最後は部屋中の物が全部滑って、私も一緒に渦を巻くように回り始めて…そこで目が覚めるんです。でも、目が覚めても体がツルツル滑ってる感じが残ってて…」
私は夢占いの本を開こうとしましたが、なぜか本が手から滑り落ちます。
「あ、すみません…」
拾おうとして、今度は眼鏡が滑り落ちました。
「最近、何か変わったことありましたか?」
「う~ん、そうですね…」
佐藤さんが答えようとした時、突然机の上のコップが滑って、中の水がこぼれました。
「あ!ごめんなさい!」
私がタオルを取ろうとしたら、今度は椅子が滑って…
気がついたら、部屋の中の物が全部滑り始めていました。本も、カードも、お守りも…まるで佐藤さんの夢の中みたいに。
「ちょ、ちょっと…」
佐藤さんが立ち上がろうとしましたが、足が滑って転びそうになります。私も立てなくなっていました。
その時、部屋の隅にあった古い鏡が、フワッと浮き上がったように見えました。そして…
「あ!」
鏡の中に、なにか文字が…
『新しい部屋に引っ越しなさい』
私と佐藤さんは顔を見合わせました。その瞬間、全ての物が元の位置に戻り、ツルツルした感じも消えました。
「あの…佐藤さん、もしかして…」
「はい…実は来月、引っ越しを考えてたんです。でも、今の部屋が気に入ってて、迷ってて…」
後で分かったんですけど、佐藤さんの住んでるアパート、来月取り壊されるんだそうです。
その日から、佐藤さんは例の夢を見なくなったそうです。
でも私の占い部屋では、雨の日になると、たまに物が滑り出すことがあります。
そういえば、私もそろそろ引っ越しを考えないとな…なんて思う今日この頃です。